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先週は少し遅めの正月休みとして実家に帰っていた訳だが、予想と覚悟をしていた母親の息子夫婦にやってもらいたいことシリーズが開幕。8割方、認知症で施設に入ってる父親にまつわるあれこれである。母はお任せすべくお金を払って預けている施設に毎日通ってあーだこーだやっている(施設の方からは僕らに任せてお母さん、もっと休んでくださいと言われてしまってるくらいに)。

母は自分の足が悪くなく体がもっと丈夫であれば本当は自宅で自分が介護したいのである。その方が体は休まらないが近くにいることで心が休まるのだと思われ、かつての水と油の仮面夫婦はこの状況になり、今また出会った頃のようにお互いを必要とし、一緒にいたいと思い合ってるように僕の目には映っている。ヨメトキーが随分と元気になった今、僕らが実家に戻り介護補助すれば母がもっとも望んでいる形になることは口に出さずとも察しているが、僕自身は家族愛という観念(血の繋がりに拘る考え方)に疑問があったりするのと、僕が感じてきた父は"何もしなければ何も起こらないし誰も困らない"の人だった。父は何につけてもよく怒っていたが、今思えば人間の欲望に対して怒っていただけなのではないかと今は思う。とにかく「そんなん、せんでいい」「そんなん、いらん」と声を荒げ眉間にシワを寄せていた。とにかく僕は母を中心とした僕らがこうあって欲しい(こうしたい)父の最期ではなく、なるようになっていく父の最期を今までとさほど変わることない距離感で見届けようと思っている。


母は自分のこうしたいに突き進む人である。"何かをし、何かが起こり、時に誰かを困らせる"側の人である。

年末に自分たちが納骨されるお寺に行き、戒名の候補をもらいにいっていた。僕らが帰ってきてすぐ、「この中やったらどれがいいかね?」と5つの候補から選ばされた。母と僕とヨメトキーでせーので指を指すことにした。僕とヨメトキーはさすがで同じものを指した。そしてこんなことに無駄にプレゼン能力を発揮し母を納得させた。翌日、妹にもどれがいいと思うか一応聞いた。妹は消去方でこれとこれはないかなということで3人が決めたものは消去されなかったので、4人でお寺に行き住職にこれでお願いしますとなった。その勢いで母も私のももう貰っときますとなり、母の戒名も暫定的に決めることになった。そしてこの日から両親を呼ぶ時は戒名で呼ぶことを採用することにした。

住職さんはこちらの質問に基本、ありがたい法話を交え返答してくれた。母は基本、葬儀のお金がどれくらいかかるのかということを具体的に聞いていた。びっくりするような額ではなかったが、葬儀にそれくらいかけるのが一般的というならば、その感覚を取り払い、未来ある命にそのお金を寄付した方がいいと思うのだけれど、仏様はどう考えられているのでしょうか?と尋ねてしまいそうにもなったが、ここは朝まで生テレビの会場ではないということを強く認識して飲み込んだ。


年末、父の調子はかなり悪かった。内臓のどこかから出血してる疑いが便から垣間見れたこともあり、14日中央病院へ検査するために連れて行った。前日、もし悪い箇所が見つかっても治療しない(出来ない)ということを話し合って決めていた(悪化することで痛みを伴う場合は出来る限りの痛みを和らげる処置をしていただく)のだが、そもそも検査自体も今の状態で出来ることはかなり限られていて胃カメラと腸のエコーを撮ってもらうことくらいしか出来なかった。それでも母が連れて行きたかったは何もしないということにどうしても罪悪感が伴う環境で生きてきてしまったからではないだろうか。母は僕がいるうちに実家一度に連れてきたがっていた。父も家に帰りたいだろうと母は思っているようだ。実際はわからない、そうかもしれないし、どこで何されるかもわかってないままいろんなところに連れ回されてる父の安らぎはもはやこの世にあるのかも謎である。それでも付き添っている僕らは父の一挙一動からこちら側の主観で何かを感じ、何かしてあげたいと思ってしまうのが常であるが、僕の思いは変わることなくもうゆっくり休ませてあげて欲しいし、母には残りの人生を父の介護以外の何かに費やして欲しい切に思う。


父と過ごしたこの何日かの数時間は、食事を食べさせたり、排泄を手伝ったり、体を揉みほぐしたり、強く抱きしめたりとこれまでの人生でもっとも父と触れ合った時間となった。

便にまみれた父の陰茎と陰嚢を拭いていた時にあまりに柔らかく伸びる(本気で引っ張れば膝くらいまで伸びるんじゃないだろうか)ることに気づく、しかも手触りもとても良く、特に陰嚢の方であるが、金玉袋っていう一般的な偏見がなければ伸びるけど耐久性に優れてそうな感じがちょっとした鞄の素材にいいのではと冗談でなく本格的に思ったりしてしまい、自分のモノも年老いた時、その様になり特に使うこともないのに付いているだけの状態に達したならば、切り取って何かしら別の用途に代用出来る時代になっていればいいなと思ってヨメトキーにその旨を伝えたら一蹴されてしまった。恐らく大衆の賛同を得るにはまだまだ世紀を跨がなくてはいけない話なのだろう。


ヨメトキーがハマりつつある神社巡りの一環で産土神様をお参りしに行った。

2拍手の音を高らかに響かせたい(ネットで調べた方法で)と欲を出し、力でないことはわかっていながらも力が入り鈍い音になってしまい、そのミスが気になり神様にそのことを謝るというようなことが神社巡りでは3回に1回くらいある。参拝に上手い下手があるのかはわからないが、相変わらず邪念が多く、参拝に集中出来てない自分を見透かされてるようで、毎回最後の一礼の際には「なんかすみませんでした、、、。」となってしまう。

せっかくだから僕が生まれた時、両親が住んでいた家の辺りも行ってみようと母から住所を聞いたのだが、google mapにその番地はなく、神主さんに聞いてもこの番地はないですよと言われ。母に再度確認しても、「ちょこっと路地入ったとこよ」と路地だらけの町で言われたまま狐につままれたような気分で帰路についた。


そんなこんなで今年の正月休みは終わった。

少しずつ今ある曲をカタチにしていければなと。

ライブの方も、嬉しいことにちょこちょこ新しいお誘いも頂いていてありがたい限りです。

停滞していた、停滞させていたいろんなことが対応できるくらいにまで整理されゆっくりと進み始めている感覚の中、少し自分に期待してもいいかななんて恥ずかしいこと思ったりしています。


gigadylan




今日、実家のある神戸から帰ってきた。ライブの余韻に浸らせてくれない実家のあれこれに奔走し

(そのことはまた改めて気力があれば書き留めておこう)疲れているのに何故だか興奮して眠れない

数日であった。細かい記憶ではなく数年ぶりに出ただろうアドレナリンが僕をそうさせているのだろう。



10日の朝には大阪に着いていた僕らは、いくつかの神社巡りなどをし、げんきスパイスカレーKIKIさんで昼食を済ませ、入り時間の1時間半前には箱に到着、搬入と万事順調にことは進んでいた。

そして揚々とリハの準備に取り掛かった瞬間、万事順調に穴が空き、顔が見る見る青ざめていった(自分では見えないが)。持ってきたはずのキーボードスタンド(2段式使用)がどこにもなかった。玄関に立てかけたまま置いてきてしまったのである。熟練の演奏者であればこんなことで狼狽えないのは100も承知であるのだが、まだまだ自信が未発達な段階の僕は座り慣れたニトリの折畳み椅子まで持ち込んでいる程、自分の手足と機材との距離を最もやり慣れた位置にする必要が久々にステージに上がる僕にはあったのだ。完全に僕は狼狽えていた。必死に取り繕いながら箱のスタンドを借りセッティングを始めるも、あらゆるケーブルをインプットとアウトプットを逆にさしてしまっていたり、サスティンペダルをアウトプットの位置にさしてしまっていたりとバンド始めたてでもやらかさないミスを連発していた。それと同時刻、目の前のトキロックも音作りというか音の聞こえ具合に懸念を隠せない顔をしていた。そのことに対して手助け耳助けしてあげる余裕を僕はその時は持ち合わせておらず2段目の機材群が遠いことでマイクスタンドとの折り合いがなかなかつかず、キョンシーのようなフォルムで歌っている自分に悪寒を走らせていた。いろいろとよくしてくれるPAのオギノ君には便宜上、音についての要望を口にしていたが、音のことは正直なところどうでも良く、キョンシースタイル(スタンディングで弾きながら歌う数曲であるが)でどう乗り切るかという懸念を抱えたままリハは終わった。二人でサンマルクカフェに行き、あたたく甘いものを飲んで心を整えた。思いの外、心は整っていった。ここ数年の果たして最後までできるだろうか?であるとか、トキロックが途中で倒れたらどうしよう?だとかというものが全くなく、キョンシースタイルであろうがなんであろうが心置きなくステージに立てるということがあまりに感慨深く、心の平安を取り戻すことは驚きに容易であった。

僕らは小さなことで挫けるにはあまりに元気になってしまったのだ。もしも今、しんどい思いをしている人がいて、どうやって元気になったんですか?と尋ねられたら、10分程思案したふりをした後、とにかく僕らが受けてきた教育や今の日本社会の仕組み、更には人としてあるべき姿だと捉えられてきたことに反する程に休んだからだよ とふざけた顔して答えるだろう。休息は元気の源であり、その休息に寛容であった音楽仲間や僕やトキロックの古くからの友人、家族は宝であると実感してます。ほんとうにありがたかったし、今も進行形でありがたい。

NeeUもthe sankhwaもneonsignも休んでた僕から見たら見上げてしまうようなクオリティーの演奏で

素晴らしかった。the sankhwaのカネコとは彼が10代の頃に僕らのライブで知り合ってからの付き合いで以前は僕の勝手な視点で弱々しさが魅力であったのだが、随分とたくましくなって立派なフロントマンになってることが嬉しく、誇らしくもあった。最後はやはり好みになってしまうが進化していってる点においても音の鳴らし方においてもやっぱりneonsignには惹かれるものがたくさんあり、ビール飲み踊りながら見るneonsignはただただ楽しかった。



僕らのライブについては特筆して書くようなことは何もなくそこにいた人がそこにいた人だけの何かを感じて貰えたと思えるライブだったように思う。

その割に秘めやかな自信が芽生えたのは完全にみなさんのお陰であります。


まだ再開したばかりでまだ見てない人は気にして見にきて欲しいなと心置きなく思えてるので

今年、この先の進化も踏まえどうか会場に足を運んで貰えたらなと思ってます。


SET LIST

1.APOLLO

2.PARADISE

3.wednesday

4.CLAMCALM

5.SPICE WORLD

6.考エル人


打ち上げは気づけば朝方まで、僕が起きてたのも奇跡に近いけどトキロックも普通に呑んで人と話をしていてその時間は至福の時としか言いようがなかった。


それを(多分)許してくれてるタキイさんや、率先して司ってるpara-diceヤスイさんはじめスタッフの皆さんに感謝です。para-diceは人良し、音良し、お香とか焚いてて匂い良しなんだけど、人が入ると見えないっていうのが視界だけが悪いのが、、、って言ったら、ヤスイさんが「せやねん、だからステージ前、下に掘ったろかな思てんねん。」って言ったのが僕は単純に後ろに段をつけて上げて極小劇場的なイメージを提案しようと思ってただけに印象的で、掘っていいなら休みとって掘りにいきたい。


gigadylan


1曲、ささやかながらプレゼントさせて下さい。

こちらで視聴とダウンロード出来ます。


PARADISE


テレビをつけ忘れ見逃した、どうでもいいニュース   なぜだか全てが可笑しく悲しく見えた 

今にも消えそうな未来を温め合って  どこにもぶつけれぬ悔しさなかったフリして 

大人にならされた僕らは大人を演じ お手本を失った子供のような顔して 

行こう 行こう 行こう 


Everything is all right.   Everything is going to paradise. 


誰もが持ち得たやさしさ忘れるほどに 弱さを隠そうとする度 誰かを傷つけ 

愛しき人よこれからもっと笑い合い 言葉になりきれぬ思いを絡ませてあって


それでは残りわずか。聖夜であれ、ただの12月25日であれ皆さんにとってそれぞれの素敵な夜でありますように。(ありましたように)

メリークリスマス!!! でした。


僕らはしばらく何もしていなかったので、存在を忘れている人もたくさんいるだろうし、

そもそも知らない人も星の数以上(具体的な星の数知らないけど)にいるので、この知らせを

年末の飲み会などで「なんかmothercoat、ほんのり動き出したみたいだよ」と小さな話題として

切り出したりして欲しいなと厚かましくもお願いしたいです。

特に来年はよろしくお願いします!!


gigadylan / tokirock



今年に一句 詠みました。

不思議なものでまったくやる気が起きなかったことも、ふとやって見始めるとやれたりするもんで

「眠い、寒い」を主張するヨメトキー・アイリッシュを引っ張り出して、今年唯一完成した作品を

販売するとこまで漕ぎ着けた。

”guitARcoat Bag" 

実のところかなり満足行く印刷の仕上がりになっているので、控えめに言っても買ってほしい!!!

それに伴い、かつてキャンセルしてしまった"OQUZ"TOURの眠っていた作品群にも光を当ててやらねばと(あの時はあの時でメンバー5人、希望と不安と葛藤が織り混ざった生活の中での異様な熱量で作ったものばかりですが)と引っ張り出してきたのでコチラも気にして貰えたら。

フクノスケ(gt/?)がデザインしたTシャツは僕らには珍しくバックプリントまでこだわって刷ってました。(僕は着るまで忘れてた、、、)

レコードはフランスのプレス会社だったのですが、音がとても気持ち良いので僕はオススメします。




gigadylan


時計の針を 動脈に突き刺せば
時の流れが 脈略もなく雪崩れ込んだ 

平気な顔して 夕暮れは眺めてた
昨日のようには ぼくらは昇れなかった


神を溶かす君の 横顔にキスをして
ほんの少し安心を 枕元に挿して 

心を配らず 眠りを灯せれば
今を繋ぎ止めれるだろう 

 

曖昧発希望行きのバスに揺られ

満遍なく滞った夢にも垂れ 

迎えにきてほしい  僕はまだ 

あの日の香りが鼻についたまま


全ての意味が ベットの中に潜りこんで
自分の為の 平和が争い殺し合った 

差し込む光は 凶器のように眩しくて
瞼に鍵して 無意味な日々を愛し合った 


羽目を留める僕の 背中にしがみつき
こぼれ落ちる不安を 干からびるまで眺め 

心を配れず 眠りを灯せれば
今を繋ぎ留めれるだろう


曖昧発希望行きのバスに揺られ

満遍なく滞った夢にも垂れ 

迎えにきてほしい 僕はまだ 

あの日の香りが鼻についたまま


今年の頭に曲を作ろうと思って最初に出来た曲です。  タイトルの"clamcalm"は仮タイトルでcalm(静かな、穏やかな)とつけていたのを、logic側に間違ってclam(あさり)とタイプしていたことにある日気づき、その時期、穏やかな何かを漁る日々を送っていたことからダジャレ的にこじつけ、clamcalmにしたらその字面に癒されてしまったことに由来する。



この曲のMVを元メンバーのフクノスケと作ろうとして今年の夏から撮り始めたものの、あの頃のように二転三転。フク監督が雪のシーンがいるとなり現在雪待ち。いつかは完成すると思うのでそれも楽しみにしててください。


gigadylan

今年作った曲が数曲ある。どれもこれもスローで静かでここ数年の心象風景を音像化したセンチメンタリズム旺盛な曲ばかりである。9月のライブが決まった時に、アコギとエレキを久しぶりに触ったら指が痛過ぎて断念し、押さえても痛くないという妥協の極みから9月鍵盤とトーク主体のライブになった。今はどうかというと、アコギにクラシックギターのナイロン弦を張ることで痛みの伴いを最小限に抑えるという手法を用いたことで、来年のツアーにおいてギターの曲もどこかのタイミングで参入出来るようになる気がしている。


この"気がしている"という言い回しに「それはお前が決めてやるかやらないかだろ!」とツッコミたくなる人もいるかもしれないが、実のところ僕はこの先人間は確定的なものに心地良さを感じるよりも、曖昧さを心地良く感じれるよう努力、もしくは意識をしていった方がいいと思っていたりしている。約束し切れない未来の事柄を約束したり、保障しようとしたり、わからないことを立場上わかっているように振る舞ったり、どうしようもないことをどうにかしなければいけないよう誘導したり、ケースを上げればキリがないがそういったことに問題を集約させ苦しみの数を増加させてることに飽きてしまったのだ。はっきりする(させる)ことが快感であるが故、はっきりしないことに不快感を覚えてしまっている多くの事柄をはっきりと認識した方がいいと、かつて白黒を異様にはっきりさせたかったり、どちらかに振り切れないと興奮や快感を得れなかった僕が思っている。トキロックが病気になったことは僕にたくさんの気づきを与えてくれた。その中でも通院していた精神科の先生が教えてくれた"ネガティブ ケイパビリティー"という言葉がその時期、支える側の自分の強い支えとなっていたことはとても大きい。もともとはは詩人ジョン・キーツが 不確実なものや未解決のものを受容する能力を記述した言葉で、近年だと作家・精神科医である帚木蓬生さんが著書で『どうにも答えの出ない、どうにも対処しようのない事態に耐える能力』あるいは、『性急に証明や理由を求めずに、不確実さや不思議さ、懐疑の中にいることができる能力』という風に言われてる言葉である。かのシェークスピアはこの能力が異様に高かったと言われているとかいないとか。

自分の性格や癖、はたまた社会の性質も急には変わらないし、目の色を変えて変える必要もないだろう。大事なのは気づくということで、気づかされた後はその気を纏っていければほんのり生きやすく、取り留めのない古いフランス映画も楽しめるようになるのではないだろうか。


話の逸れ方の半端なさに自ら動揺している。何を書こうとして書き始めたか忘れてしまった。寒くて太陽が出ない日は部屋を暖かくして朝からブログを書くに限るの結末がこれである。

先日、寝室にブックライトを買おうとトキロックに言ったら(毎晩、眠気がきてる時に布団から出て電気を消すのが億劫な為)ソルトランプにしようとなり、届いたら届いたらで居間に設置した方がいいということになり、浄化作用があるとかないとかでつけておいた方がいいやらと、用途が変わってきてしまったことを今日の話の逸れ具合から思い出してまた話が逸れる。※ソルトランプ自体はとても気に入っている。


強引に話題をバンドに戻そう。ツアーに向けては試行錯誤中(頭の中多め、実行少なめ)であります。

1月の大阪と5月の札幌では違うことをやっているかもしれませんが、その成長というか変化も楽しんでもらえたらなと思います。

ツアーのチケット予約が入るたびに嬉しく、身が引き締まる思いをしてます。

気にかけてくれてる皆さん、予約はお早めにお願いします。ticket@mothercoat.com

通知音がなる度にけつ叩かれてる感じがして練習する気になるからです。

よろしくお願いします。

mothercoat tour 2020  

1.10(fri) 扇町para-dice / 大阪

1.28(tue) 西永福JAM / 東京 ※ギガディランソロ

2.09(sun) 鶴舞K.D ハポン / 名古屋 

2.19(wed) 下北沢440 / 東京 

4.05(sun) 二条nano / 京都 

5.09(sat) 札幌SPIRITUAL LOUNGE / 北海道 

and more ...


gigadylan


”これ"をしてから、"これ"を飲み(食べ)始めてから調子がいい。の"これ"の部分に確信はない。調子の良さは何か一つの手柄ではないのである。そこを間違ってはいけない。


気が多い僕は色々手を出す。調子が悪い時は

原因を探らず、とにかくぐで〜っと休む。


調子が良い時は手を出してるすべてに感謝する。

マヌカハニーやお気に入りのL92乳酸菌や良さげな塩(食塩は塩ではないらしい?)やポリフェノール推しのカカオ含有量多目のチョコや玄米や枇杷の葉エキスや今最もハマってるモリンガなどなど。

またそれらと同様に処方されてる薬や、お酒や、砂糖や白米や錚々たる添加物たちにも余す事なく感謝する。人の営みを善悪で語ることでカタルシスを感じやすかったりするが、善悪で語れないことにカタルシスを感じる方が平和であると思う今日この頃である。




僕を含め多くの人はそのモノの本質の周りに添加されている言葉や雰囲気を摂取している。産地や、無添加や、有機や、無農薬や、誰々のオススメや、星の数やネットの情報やら。

そして思う。自分が選択し良いと思ってるだけのことで、実のところ全部関係ないかもな と。

実感としてあるのは僕も世間も調子がいいということだけである。あーだこーだそーだどーだと僕も世間もいつの時代もそれなりに調子良くやってるのである。

にしてもモリンガ良いねえ。名前がいいねえ。
やけに良いウンコがでるねえ。名前がいいからね。









gigadylan 
とてつもなくざっくりとした1週間のスケジュールを絶対的でない感じで念頭に置いて生活している。

現時点ではお金がまだ必要なので週4日は昔ながらの労働的対価を頂く仕事をしている。

その中で日曜日は少しでも音楽的な何かをやるというのがある。しかしながらここのところ、結婚記念日だ、誕生日だと週末出かけたりすることに夢中でままなっておらず、気持ちはmothercoatのリハーサルだ!、レコーディングだ!と音楽に向いてるいるのだが、休み慣れた心と体は急には速度があがらないもので深谷のアリオにX JAPANのToshIが来るという情報をチラ見してしまい、ファンでもないのに有名人がアリオに来るというだけで少し観に言ってみたいな、日曜だけど、、、。と思考に簡単になり、トキロックに「ToshIさんも色々つらい時期を経て今があるんだよ、その今を少し観に行きたくはないかい?」と詳しくも知らないのにToshIさんの歴史を知ってるかのように誘ったら、簡単にネットでToshIさんのことを調べ僕以上に乗り気になり、朝、整理券が配られるからそれを貰いに早めに行こうとなる。

当日、朝からアリオに行く。すでにそれなりの普段はあまり見ることない列が出来ており並ぼうとするも整理券はToshIさんが色んな人の曲をカヴァーしたアルバムの予約をしなければいけないという、考えればそれはそうだろうという仕組みになっており、朝からアリオに行き帰りにガソリンを入れただけの二人となった。家に帰り、昼食を済まし12時半。整理券はなくとも2階のそこそこのところから観なければと再度アリオへ。もちろんいつもより駐車場は込んでいて深谷に来て初めて屋上駐車場まで登った。イベントスペースの周りは老若男女の人だかり。ファンの方で埋め尽くされてるかと思いきや、おじいさん、おばあさんがしっかり場所取りして(させられて)いたりして、僕らは2階のステージ正面(こんな時でも音のことを気にしてしまうところがあり、姿は見えなくともちゃんと歌が聴こえそうなところ)の人だかりの後ろ、背伸びしたり人の隙間からギリギリ見えるところで待つことにした。14時を少し過ぎてToshIさん登場。※時間限定で写真撮影OK

何がいいって姿勢がいい。遠目で観ても明白な姿勢の良さが際立っている。肝心の歌が霞むほどに背骨が最新の医療技術で固定されてるのではと思うほどに驚きに姿勢がいいのである。歌の方は2曲歌われたのだがアリオの音量制限の為だろう、サビの歌い上げるところでコンプががっつりかかって音が潰れAメロよりも迫力を失ってしまっていて(今、それ気にすることじゃない)、ほんとはもっと素晴らしい歌声だろうにそれをちゃんと届けれないのは不本意だろうなあと本人がまったく気にしていなそうな様をよそに周りの人に「本当はもっと迫力ある歌声ですよ、きっと」と耳打ちして回ろうかと思っていたら、トキロックはそんな僕の思いを他所に何らかの感動をしていて、「とにかく観に来て良かった〜」と言っていた。帰りはもちろんToshI渋滞にがっつりハマり駐車場から出れず、なんだかんだ朝から夕方までToshIさんに費やすことになる日曜日となった。こういったことは僕みたいに気の多い人間には起こりやすい。ちょっと観たいや、ちょっと食べたいが思いの外ほぼ半日がかりになり、そのこと自体は楽しかったのだが、もっと他の事ややらなければいけないこともしたかったという思いがその楽しかった思いに罪悪感をまぶし、何とも言えない焦燥感を伴ったり。反省はしないが、自分の行動原理に軽い修正はかけたいものである。


その日は家に帰り、いじり始めたら開き直ったような曲が出来た。

"大体のことは許してあげればいいさ〜 大体のことは許してもらえばいいさ〜"

というサビを二人で歌った。


後日、録っていたのを聴いたら。自分の感覚ではセンスのかけらもないダサさで

その部分はボツにすることに、、、。

あぁ 今月はクリスマスにお正月、、、。それなりに楽しみでそれなりに怖い。

来年motercoatのツアー楽しみにしててください。


gigadylan


冷凍庫はとても冷たく暗かった。たまに扉を開けてくれる人がいたりして、

差し込む光と空気があたたかく希望の光に見えることもあれば、眩しすぎて目を開けれず更に凍りつくこともあった。

随分とブログにも"うだうだ"を書いてきた。書くことが"うだうだ"しかなかった。

ずっとうだうだうだうだ言いながら、待っていた。いつかまた、元気な姿で会いに行ける日を。


不思議なことは秋の訪れと共にやってきた。会いに行きたいなと思ってた人達から思いが届いたのか?と思ってしまうタイミングで立て続けにお誘いがきて、あれよあれよと春までに4本やらせて貰えることになった。北海道はさすがに遠すぎて思いが届かなかったかと、こちらから連絡したら「心待ちにしてました。」とすぐ日程頂けたので、少々舞い上がってしまいお酒の力を借りながら他にもやらせて下さいと連絡したりした。ありがたいことに快い返事を即答で頂けたので下記の日程以外にも若干増えると思います。しかしながらまだ練習するということの練習から始めている段階であり今は詰め込み過ぎず多くても月に1、2本のペースでやらせてもらおえればと思ってます。冷えた心身を温めに、お近くの皆さん、元気になったmothercoatに会いに来てください。とり切れなかった責任を少しでもとり、返せれば本望。2020年、どうぞよろしくお願いします!!!!!!!!!!!!!

mothercoat tour 2020

1.10(fri) 扇町para-dice / 大阪

2.09(sat) 鶴舞K.D ハポン / 名古屋

2.19(wed) 下北沢440 / 東京

4.05(sun) 二条nano / 京都

5/09(sat) 札幌SPIRITUAL LOUNGE / 北海道

and more ...


今、決まっているところ以外にも行きたいところ会いたい人たち沢山います。

待ってくれてる人や箱があること、常に頭の片隅にあります。

思いあってる人たちとはきっと会えるはず、来年は出来る限り会いに行くつもりなので

どうか再びお付き合い下さい。


gigadylan

41回目の11月15日を無事迎えた。全世界の41回目の誕生日を迎えたミュージシャンの8人に1人は思うであろう「ジョン・レノンより長生きすることになったんだなあ」をやはり感慨深くしみじみと独り言の如く呟きながら高崎線最終電車で家路に着いた。

家に帰るとヨメ・トキーが僕がジョン・レノンより長生きしたこととヨメ・トキー自身に訪れた2つの喜ばしい出来事を祝する為の深夜の小晩餐を用意してくれた。

アクアパッツァという響きだけで地中海に浮かべた船の上にいるような気分になった。それは空腹に流し込んだ白ワインの功績でもあった。


16日午前7時。小鳥のさえずりのアラームで目を覚ます。風呂に入り月一のハートクリニックへ行く。再発した心房細動がなかなか治らず、先月から薬を増やしてのこの日、心電図の結果は変わらず。カテーテルアブレーション手術を以前より強めに薦められて少し凹む。


この日はヨメ・トキーが僕の誕生日を祝して1日フルコースツアーを企ててくれた。

行き先知れず、車でまず向かった先は前橋のmom's cakeというところであった。厳選された穀物と野菜果実とマクロビオティックという概念を味わった(気になった)。僕が最も惹かれたのは店主の方の言葉遣いと声のトーンであった。穏やかかつ丁寧でありそれでいてフランクな口調になんとも言えない好意を抱いた。また髪に白く小さな埃のようなものが付いていたのだけど、付いている方がこの方にとっては自然な気がしたし、ずっと付いていて欲しかった。


「穀物(白米は穀物じゃない)をしっかり食べること(自分の体にあった調理法で)、ちゃんとした塩を上手に使うことが大事。」と仰られていた眼差しには穏やかな佇まいの奥底にある強い信念のようなものを感じた。


車は山に向かって走っていた。ばっちりキマった紅葉樹林と枯れ散った樹林の合間をくねくねと登り7降り3くらいの割合で駆け抜け着いた先は榛名神社であった。

初めて訪れた榛名神社に僕は自分でもびっくりするくらいグッと来てしまった。本殿までの道中の自然の産物が悉く素晴らしく、空気の澄み具合は季節によるものなのか年中そうなのかは榛名神社ヴァージンなのでわからないが、視界が圧倒的にクリアで景色を眺めてもよし、吸ってもよし、温度もよしの三拍子揃いであった。そして登る事15分辿り着いた本殿周りは本社が補修の真っ最中でまさかの原寸大の写真の防音シートで包まれており、二人で「最後、写真!!?」となったが、拝殿の方は立体的な建造物のままであったので事なきを得た。

先日、ヨメ・トキーは一人で思い立ち秩父の三峰神社の奥の院に行った時になんらかの凄まじいパワーに手がビリビリしたらしいが、ここでも三峰ほどではなかったがビリビリ来ており、彼女の手を触るととても温かくそういうパワーを感じる兆しのない自分はとても羨ましかった。


次に向かった先は榛名富士であった。当初、登りは歩いて帰りロープウエイ降りてくるというプランだったようだが、榛名神社に時間を取られ、いや時間を預けさしてもらったので、巻きが入り登りもロープウエイで。

山頂の榛名富士神社でもお参りを。先程はとはうって変わり寒く、関東平野を一望出来ることもあるらしいが、視界もほど悪く、近しい山々の形が日本昔話の山のようだなと思ったぐらいしか特筆することはなかった。


山を降ると急に道が混み始め、程なくして伊香保温泉郷に。今朝風呂に入ったので温泉はスルーかと思っていたのであるが、榛名富士登山でかく予定だった汗を温泉で流すプランであったようだ。

がしかし伊香保は予想以上に混雑しており、お目当の温泉に行く為に停める予定の駐車場が待ちの長蛇の列。このままではディナーの予約に間に合わないというヨメ・トキーの判断で諦め、山から街へ向けて車を走らせる。にしたら時間が余る、せめて何処かで足湯でもと検索すること2分。都合良き足湯スポットが道の駅 よしおか温泉という所にあり。程なくして到着してさあ入ろうかと行ってみると8脚ほどしか浸けれない程のスペースに大学生くらいのカップルがL字に仲睦まじく2脚づつ浸け合っており、そこに変な夫婦の4脚を追加するのは愚行極まりないことであると阿吽の目配せで直ぐさまよしおか温泉の本風呂に入ることに切り替えた。この英断により、浸かった温泉の気持ち良さは格別であった。


そして温泉から走ること10分。この日のラストプランとして訪れたのはVegan Restaurant あわたまというところであった。Tannoyの古く馬鹿でかいスピーカーが2台隙間なく並べてありそこから古いジャズ音楽が流れていた隣の棚には沢山のレコードが並んでいた。もちろんレコードプレーヤーもあったがそのプレーヤーの上に置かれたiPhoneのイヤホンジャックからアンプに繋がれていた。

お料理は総じて美味いといういうよりも不自由で楽しい味であった。これはこのWEBのトップページに書いてある、"Get unfree oneday - 不自由が心地良く不自由を自由に楽しめる人に幸が灯り、そしてその灯は誰も消すことができない。"という僕の最近の考えにも通づるところがこのお店には詰まっているように勝手に感じて嬉しく楽しくなっていた。

これらの料理はまずヴィーガンという縛りがあり、更にオーガニック食材という縛りがあり、季節という縛りがあり、時間という縛りがあることを心地良いと感じている店主が自由に楽しみながら作っている料理群であったように感じた。砂糖なんか当然全く使ってないのに前菜からデザートまで(スープ料理の写真撮り忘れた)後味が全てほんのり甘いのは店主の幸の味ではないだろうか。不思議なくらい酸味や辛味のない料理ばかりだったので正直こんなに全部甘くなくてもとは流石に舌目線では思ったが、、、。

帰り際にスピーカーに耳を傾けるとレコードノイズがしていて、iPhoneで流してるのにプチプチ鳴ってるのはスピーカーが古いからかなと思ったら、レコードの音を録音したのを流しているとのことであった。店主さんはジャマイカの音楽(特にレゲエ以前の古いレコード)しか聴かないしヴィーガンになったきっかけもジャマイカという意外な経緯にしばらく話込んでしまったくらい面白い方であった。

そんなこんなで楽しいヨメ・トキーツアーは甘味に包まれながら幕を閉じた。


トキロックが本当に元気になってきて一年前じゃ考えられなかった一年後を過ごせたことが嬉しくてつらつらだらだらと長くなってしまったが、その喜びを書き留めて置きたくなったのでそこは抗うことなく、今は。


gigadylan


この数年の個人的なアクシデントをきっかけに色々沢山の気づきを得た事で視野がVRレベルになり、捻くれた性格や素直に伝えれない文脈を多用する辺りは中々変わらないが、考え方や暮らし方は大きく変わって来ているように思う。

とにかく僕を含め多くの人は有るものに慣れ、無いものに憧れ、有る事を忘れ、不満や不安を募らせる事で経済を発展させてきたと言っても過言では無い側面が多大にあり、経済の発展が滞こおるべくして滞り続けてる今(まだ発展させようと資本主義に基づいた恐怖を煽り試行錯誤している人達を非難することはないしマネーゲームでワイワイやるのも一時的には楽しいとも思うが、その過ちに気付いたり感じたりしている人達をどうか巻き込まないでおくれとは思ってしまう。)

有るものに慣れ、無いものに憧れ、有る事を知った上で追い求めながら安心して楽しく暮らせば良いだけではないかと今の僕は思う訳で、実際に食べるものも日々大量に捨てるほどにこの国にはあるし、住めるのに住んでいない家も困るほどにあり、助けれるのに助けるのに手間を要するシステムが蔓延してることに気づいてる人達は子供の頃教え込まれたことを棚に上げ、楽しく暮らすことにエネルギーを注ぐべきである。

こんな話を母にすると、この子大丈夫か?頭おかしくなってしまったんか的な会話になるが、要はお金がないと生きていけないと思っている人達にとってお金がなくても楽しく幸せに生きていかれる事は脅威であり、安倍政権はじめ企業やテレビにしてみたらある意味反社会勢力かもしれないなんてことを思ったりもしているが、革命的なことに興味はなく穏やかに共鳴し合う人達が焦らずゆっくり各々の心地良さを大事にすれば、僕が年老いた頃には違った景色が見れるような気がしている。もし思ってたのと全然違う未来になったら気のせいだったで大体のことは片付ければいいし、その頃には僕の気の方も変わっているでしょう。(老人というカテゴリーに配属されるまで生きていればの話であるが)





時折、瞑想の真似事みたいなことをしてみている。自然に包まれ気持ちいいなと感じたいなと思って山に行ったりしている。目を瞑り、川のせせらぎや、小鳥のさえずり、風の音を聴きながら、呼吸に集中しようとする。そして心置きなく屁をこいたりする。ビール呑みたいななんて思ったりもする。もちろんエロいことが浮かんだりもする。こんなことしてる場合じゃないなと思ったりもする。何やってるんだろ?と思ったりもする。可笑しくなってきて笑いを堪えたりもする。

そしてそれなりの時間が過ぎたと感じた時、ふっと立ち上がって。

来る前と寸分変わらぬ自分の内心を捕らえ、


得るものはなかったが失うものもなかった。

これが無というもの なのか


と帰路についたりもしている。



gigadylan