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あなたの退屈はすべてmothercoatの責任と捉えています。

mothercoat artist photography

2002

退屈をしのぐため結成 都内でゆったりライブ活動を行う傍ら レコード会社にデモテープを送る日々を送る

2003

地味な反応に浮かれたり 反応の薄さに落ち込んだりする日々を悶々と過ごす

2004

自主レーベルNMF recordsを立ち上げ 1st maxi「敗音の庭」を全国発売するも 全く売れず悲しみに浸る
悔しさのあまり 自主企画「天才辞退」を開催した日に2nd maxi「out coat」3rd maxi「incoat」を同時発売 ようやく評価を得だす

2005

初めての全国ツアーを行うも知ってる人がおらず 出費のみかさむ そんな中1st albumのレコーディングに取りかかる 
勢い余っ て ハイライン限定4th maxi「余白」発売 初登場4位と喜んでいいのか悪いのか微妙な空気を漂わす
"T"RUST OVER30 recordings シオミタロウと出会い 共同で1st album「インターホン」全国発売し自主企画「天才辞退」開催 大盛況に終わるもプレイに納得いかず涙する これを期にsounder スギハラジュンペイ正式加入

2006

インターホン」リリースツアーに手応えを得始める ツアーファイナルを下北沢CLUB Que(w/凛として時雨,cyclub(fron UK),cork)で開催する
一種の小さな達成感を味わう 型にはまることを恐れ 趣を変えた自主提案「余白」を三軒茶屋GrapefruitMoonで開催後 渡米
U.S.A SAN Jose "Fanime2006"に出演 ライブ後 サイン・写真を求める長蛇の列ができ 持って行ったCD300枚が完売するという空前の事態に海外進出欲が高まる
2nd album「ママ・マナー」全国発売 購入者限定ワンマンを新宿Motionで開催 ミナミホイール06に出演 600人弱をSUN HALLに集め絶賛絶否を頂く
そんな中 メンバー内で人生観や恋愛観の相違から歪みが生じ これからという時に活動困難な状況に陥り 12月31日の新宿MARZでの壮絶なライブ後 活動休止 前々ドラム ナイトウ脱退

2007

活動休止中に前年から決まっていたアメリカ テキサスで行われるSXSW含むツアーを行う 手応えを得るも活動休止してるため複雑な思いのまま帰国
休止中に異例の3rd album「+birdless」全国発売 以前から録り貯めていたものを中心に全編打ち込みのリズムによるエレクトロニカの要素が強い作品になり賛否両論の声か飛び交う
8月半ば以前から気になっていた 前ドラム マツザワハジメに声をかける 飲み会を経て加入決定 9月末に活動再開
全国ツアー 東京 大阪での2マン など勢力的に活動するも ほぼ新曲しかやらないセットリストや客席に背を向ける陣形に圧倒的な否の声があがるも本人たちは今のスタイルに対する自信は揺らぐことなく 渋谷O-WESTでの振り切れたライブ以後 次第に新しいカタチに対する評価が高まる

2008

神谷町光明寺で行われたイベントで バンドの概念を根底から覆すようなパフォーマンスを披露する 4月には1st single「yen」を発売
東名阪で自主企画「天才辞退」開催
新しいカタチを提示しきった後 ミョウジョウマコト(gt)脱退 またしても底辺を味わう 7月からギターを募集しつつも mothercoat断固反対と銘打って4人での新しいカタチを模索し 苦いライブツアーをした挙句 機材一式盗まれ どん底で大笑いする
もがきながら そして半年間曲を作りながら ツアーを行う日々を送る

2009

ようやく4人でのカタチを見い出し 2月 異例の超先行発売を敢行「まだ出来てもいないアルバム買いませんか?」と銘打ち 1st full album「パッチワーク_式」を緊急発売
先にお金だけ頂き購入者には制作過程をweb上で閲覧可にした上で そのお金をアルバムのプロモーション費用に充てるという 新しいインディペンデントのカタチを打ち出し そして6月 1st full album「パッチワーク_式」を世界初?同内容CD2枚入り仕様(CDRにいくらでもコピーできる時代 CDRで友達にあげるくらいなら もう一枚付けとくからそれをあげたらいいじゃないかという思いから生まれた)で全国店頭発売  異例に異例を重ねた独自の発売方法に各方面から賞賛の声があがり少しばかり笑みを浮かべる
リリース記念ミーティングを下北沢CLUB Que(w/YOMOYA)で開催 失いかけてた自信を完全に取り戻す
ツアーにツアーを重ねながら 次回作の制作に取りかかり始めた矢先に以前から人生に悩んでいたマツザワハジメ(dr)が急遽10月31日のライブを持って脱退 またかと意気消沈する暇もなく 間髪入れず流星の如く現れたニノミヤソウ(gt)の加入が決定する
その勢いでマツザワ脱退が決まった時パッと最初に顔が浮かんだイリマジリジュン(dr)に声をかけたところ相思相愛ムードが漂い加入が決定
11月ステージ2人PAブース1人の3人mothercoatで甘えの無いライブを披露後 現在next mothercoatのリハに手応えの色を隠しきることができず 年末その姿を披露して久方振りに5人体制のmothercoatが姿を現した いわゆるmothercoatの世明けである

2010

1月 トキロックとジュンペイが免許合宿に行く 残された3人でnext mothercoatの曲を作り始める その中でも"fake a fake"は以前のmothercoatから逸脱した感あり 未来の明るさににやける
メンバー全員が免許取得したことによって かつて1人で運転してたギガがライブ後 真っ先に酒を呑むようになる
2月 next mothercoatの旬の音を今すぐ届けたいいう思いから 期間限定で1st demo"memo"を通販とライブ会場にて選べる値段690円 or 1000円(値段というのは必ずしも一律である必要はない 個人の懐具合や感受性に委ねたいという思いから)で発売する
4月 nextcoatによる初の自主企画"凡人次第 vol.1"を下北沢CLUB Queで開催
4bonjour's partiesとSORRYS!をゲストに迎え 新メンバーでの半年の集大成を披露する が タイムテーブルが非常にタイトだった故 時間的に曲を削ったりと 弱冠後味悪い感が残った事については反省
5月 海外限定音源"air music"(全6曲入)を制作 世界初封筒型ジャケにした事により音源と思われず 海外ツアー中 少し苦労する
5月末からNEXT MUSIC FROM TOKYOと題して andymori オワリカラ グーミ kulukulu garden等と共にカナダツアーを行う 大盛況で終えた最終日の打ち上げに向かう途中 ジュンペイが持ってた金庫がバスの中で消える 一時騒然となるも 持ち前の明るさで乗り切る が ショック大
6月 単独で21日間に及ぶ UKツアーを行う イングランド スコットランド ウェールズと全土を周り 中でもスコットランド最大のショーケース"GO NORTH"や大型野外フェス"ROCKNESS"(THE STROKESやFat Boy Slim等蒼々たるメンツが出演)に出演した際には限りなく高い評価を得て メンバー皆 小躍りする
7月 帰国後 NEXT MUSIC FROM TOKYO tour fanal in 渋谷O-nestにて貫禄さえ漂わせるライブを披露
8月 "凡人次第 vol.2"開催 SuiseiNoboAzをゲストに迎え今度は余裕を持ったタイムテーブルで開催
また 自主レーベル「Natural Moisturizing Factor records」改め「bonjin records」を新たに立ち上げ その第一作となる6th t-shirts「setcoat」をリリースする
10月 新宿Marzで「ピクセル」に出演の際、ギガディランが気持ちよさの余りに愛器リッケンバッカーを背負ったまま二階から飛び降り右足踵骨折 特にその後のライブスケジュールには影響なし
また スペインのブロードバンド通信/エンターテイメントカンパニーであるONOの光ファイバー通信サービスプロモーションのmothercoat出演テレビCMがオンエアされる
11月 前人未踏?の札幌5daysのツアーを慣行 札幌のリスナーの暖かさに寒さが吹き飛ぶ
12月 骨折で働けなくなったギガディランが1ヶ月で生活費を稼ぐ為にソロアルバム「骨に珈琲」を制作しリリース 各方面から高い評価を得る
mothercoat年中行事の有馬記念では初めてメンバー皆で中山競馬場の土を踏み ソウが突っ込んだ単勝により何とかボロ負けは回避するがマイナス計上
大晦日には新宿MarzでのSWAN SONG COUNCIL出演 奇しくも骨折したのと同じ場所で骨折後初めてなんとか立ってライブができるようになり皆を安心させる

2011

1月 去年末から続くレコーディングの日々。
4月 mothercoat 1st album "egobag"をリリース。
4月~7月 egobag全国ツアーを行う。
6月ニュージーランドからツアーに来ているDie!Die!Die!のJAPAN TOURでの共演前夜にギガディランが大火傷で負傷してmothercoat史上初の出演キャンセルとなる。
7月 egobag release tour filnal "史上最もワンマン"を新宿MARZで開催。
7月~8月 愛車トヨタハイエースが悲しくも廃車となり、新規にホンダステップワゴンを機材車として購入。喜びのあまり"step ego wagon"と冠したツアーで全国を回る。
9月~12月 egobagを持って全国を回った末 暖簾に腕押さずして釘打つために次回アルバムに収録予定の新曲をちりばめながらの「暖簾に釘打ちツアー」で再び全国を回り始める。step ego wagonツアー以来定番となりつつあるツアーTシャツとして「暖簾に釘打Tシャツも販売を開始する。
11月 札幌からAMusicA'を迎えて「凡人次第vol.3」を開催する。この時mothercoat史上初めてのフード「currycoat(カリーコート)を販売して好評を得るもビビり過ぎての限定12食に不評を得る。
12月 次回アルバムのレコーディングを開始。また、この月にリリースされたiPhoneゲームアプリ「BAND BOSS」のキャラクターとなる。

2012

1月 mothercoat渾身企画「Do you know mothercoat ?」の第一弾アーティスト発表。mothercoatが自信を持って勧めるバンドだけが出演。また、4月1日の発売以来9か月続けてきた「変動性エゴ価を打ち切り、egobagは新しいフェーズに突入。そのエゴ価の目まぐるしい値動きの総括を特集記事として発表。
2月 「Do you know mothercoat ?」を24日~26日の3日間、大阪・京都・名古屋の三か所で開催。豪華面子でまさにフェス。東京からはSuiseiNoboAzとMOROHAにそれぞれ全日程と二日間参加してもらう。
3月 2010年のUKツアーの際にロンドンとウェールズを一緒に回ったnanbanjinと一緒に韓国ツアーへ行く。また、東日本大震災救済支援コンピレーション・アルバム『Play for Japan 2012』に参加。先月の大型企画に明け暮れて遅れがちであった新譜のレコーディングを活発に再開。